■そんな声出しちゃイヤ!
 日記のタイトルが「そんな声出しちゃイヤ!」なんてアレな感じなんですけれど、普段のタイトルと違ってこれには明確な意味があります。何かというと、この間、家に帰ってきたら弟の机に数冊の少女漫画があり、読んでいたく感銘を受けたのですが、その漫画のタイトルがそれだったのです。で、内容はというと『快感フレーズ』の系譜を継いでいると思われる、「主人公はどこにでもいそうな女子高生(ただ、漫画を読む限り、実際はそんなんどこにもいねえことが瞬時に理解できるので注意が必要です)→華やかな世界で活躍する、ちょっと強引でとても恰好のよろしい男性が強引に迫る→狼狽しつつも抗えない主人公→相思相愛に→後は芋づる式に数々の障害が2人の間に立ちふさがる→危うし!2人!→まあなんだかんだでうまくいくんじゃねえの?」っていう按配のあれです。
 でまあ、この漫画の問題はまず何かと言うと、主人公と、そして主人公と恋仲になる恰好のよろしい男が2人揃って声優だってことでしょうかね。だからさっき「どこにでもいそうな女子高生」とか書いてしまったんですけどよく考えてみれば超嘘でした。ごめんなさい。そんでまあ、ストーリー的にもかなり問題があって、「主人公は漫画開始早々、声優男の“声”にDOKIっとしてしまい(声優だから?)、惚れてしまい、その後の強烈なアプローチに耐え切れず、陥落…という道筋を辿るのですが、実は元々主人公にはまだ肉体関係の無い幼なじみの恋人(設定的には明らかにジャニーズ)がいて、主人公が声優男子の方を好きになってIKENAI関係になったはいいものの、青天の霹靂的に主人公を奪われた恰好となる幼なじみジャニーズ男は全然納得行かず猛反撃…!?」という混沌ストーリー。つまり、声優とジャニーズから愛されるわたし(なお、主人公は、現時点ではどちらかを完全に拒絶するようなことはしておらず、今は声優男子の方をより好きなものの、予断を許しません!)、なんていうアストラル界が広がっており、漫画を通じてほとばしる愛され願望の根深さ、およびこの漫画のメインターゲットはどの辺なんやろう、とかについて考えて切ない気分になりました。ああ、でもまあ、男性向けの漫画やアニメやゲームでも、無数の妹が跳梁跋扈しお兄ちゃん連呼の大乱舞だったり数十人の美少女生徒が主人公に迫って大回転だったりと似たり寄ったりなのでおあいこですね。

 …って、あ、忘れてた!そんなことを書こうと思っていたんじゃなかったんです!! モーニング娘。おとめ組『愛の園〜Touch My Heart!〜』を買いましたよ。最近はまた少し、買っていたりするのです。シングルとか。それで、その『愛の園〜Touch My Heart!〜』ってどんな曲なん?ってことなんですが、つんく♂氏はこの曲について「プチセレブな現代っ子の恋心がジャングルの原生林の如くもつれあう極上ディスコファンク(意訳)」みたいな相変らず亜空間めいたことを言っていて意味が良くわからないので自分の印象を書きますね。ええと、まあ確かに歌いだしとかファンクっぽくてちょっと恰好いいなという感じですが、サビの部分のメロディがアニソンっぽいなあと思ってしまったのが最後、サビの部分に差し掛かると、宇宙空間を疾駆するロボットがビームを撃つ、主人公機とライバル機がビームサーベルでつばぜり合い、といったイメージが溢れ、頭から離れなくなって困りました…。というか、ソニンの『東京ミッドナイトロンリネス』なんかもそうなんですけど、10数年前のぎらぎらした感じのメロディを持ってくるのがここ最近のつんく♂プロデュース内での流行なのかなあ。個人的な意見としては可か不可かで言ったらまあ可?くらいの曲だと思うんですが、おとめ組には割合好きな方のメンバーたちが揃っているので、曲の好ましさがおとめさくらで一緒くらいなら、この先もCD買うならおとめの方だなあという感じです。今日はシングル購入記念でこのサイトのトップページの画像を変えてみました。ハロプロのラストエンペラーこと藤本美貴さんの御尊影です。

[2003.09.28]

■今日、僕の心を掠めていったこと
 僕の、女性心理に関する唯一の情報源、an anでは今週、狙った男を必ず撃墜する秘法、という感じのテーマでもって、海千山千の恋愛使徒、恋愛ゴッドハンドといった様相の女性たちが悩めるan an読者に光の啓示を…なんて特集が組まれていた。僕がan anのこういった特集で気になるのは、女性(というかan an読者(というかその一部))が考えているであろうこと全般も勿論そうなのだが、もう1つある。それは特集中に必ず出てくる、タレントや俳優、その他有名人などの「男性コメンテーター」の存在だ。こういった特集では、女性を体よく啓蒙、というよりミスリードせんがために、男が男心代表として「ボクたちの理想の女性」像を吐露していることが多々あるのだが、その際、特に、お笑い芸人が出てくると一気に誌面がきな臭くなるような感じがするのだ(っていうか、ある特定のお笑い芸人、だけなのかもしれないが…)。
 そう思ってしまうのは僕の、「芸人」タイプの人間に対する私怨的な感情から来るものなのだろうか?とも何度も考えたのだが、しかし、彼らは実際問題、「芸人を喋らせないくらい、自分の日常をマシンガントークで語る女には引く」「こっちがギャグを飛ばしているのに笑わない女、ギャグがスベった時に優しく笑ってくれない女は、お高く止まっているだけであり、笑わないことで自分のプライドを守ろうと必死な、厭な女である」、等と、割と真顔で言うのだから、ええっ、と驚いてしまう。僕は、彼らがan an誌上でそのようなギャグを披露しているのを数回、見たことがあるのだけど、まったく、先端を行くお笑い芸人のギャグは高度にひねってあるから僕とか素人には分かり辛いです。すごい面白いけど。

 前者の言葉は、自分より喋る人が嫌い、負けたくない、あくまで目立つのは俺でなくてはならない、といった一種の芸人根性を根源とする発言、だとしたらまあいいのかもしれないが、ただ、僕の妄想、記憶違いで無ければ、僕がかつて見た記事中では、とあるお笑い芸人が「俺より喋る女は何勘違いしてるの?と思っちゃう」といったニュアンスで前者の言葉を言っていたのでそいつの場合は根性とかじゃないと思った。また、後者に至っては、要は「俺がギャグを言っても笑わないのはむかつく」「すべっても笑え」等という意味であるから、もう無茶苦茶である。そんなの、笑わないのはお高く止まっているからなどではなく、面白くないから、すべっても優しくしないのは、そんなあなたのことが別段好きではないからに決まっているじゃないか…と言いたくもなるが、なんて、野暮なことを言ってはいけないのであり、彼らのデリケートな部分を刺激せず受け入れること、それが僕らに求められていることなのだ…。なので、僕はお笑いが恐ろしい。僕は笑いが怖い。逃げよう。

 って、そんなことを書いたけど、実はそうも言ってられないのだ。何故って、ここで一気に話を飛躍させると、自らのお笑いスキルを誇るのではなく「自慢する」人間は、僕の中で重度の「あいのり」(註:他人に対し自分の「あいのり」的要素を共用することを強要する)中毒、「黒あいのり」として認識されているのだが、彼らお笑いを含む黒あいのり族に対して、僕は対処法を見出さなくてはいけないからだ。というか、冷静に考えると、お恥ずかしい話だけれど僕の人生のかなりの部分、その対策の模索に割かれているわけで、なんというか、なんとかせにゃならん話なのである。ちなみに、僕が彼らのことを嫌い、あっ、嫌いって言っちゃった、まあ嫌いなのは、彼らの、見下す根拠を捏造しナチュラルに人を見下せるところと、自分の中にもそういう僕の嫌う要素があって、何かの時に人を不快にさせてしまうと自分が嫌う存在と同化した感じで厭だからです。僕はいつも、自分で考えたり、色々な人と話したりした結果、そういうことをよく思っています。という今日の日記。長く書きすぎたなあ。今日は他に、SAYAKAのニックネームは「サーヤ」らしいのだけどそれって大丈夫なのかなあと思ったのと、そしてベルセバとトラヴィスの新譜が出るから、買おうと思ったのと、そんな1日でした。ちなみにトラヴィスの2ndアルバムには『driftwood』って曲が入っていて、その、なんだ、ある意味で笑える人にはちょっとだけ笑えると思いますが、まあいいや。なんでもないです。忘れてください。意味わからないことばかり書いてすいませんでした。

[2003.09.25]

■晴れの日があるからそのうち雨も降る
 “休日出勤”る奴は“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまったんだよ、とはグノーシス派の秘匿文献に明記されているたいそう高名な文言、なのは勿論嘘で、今のはただ単にサイトを色々巡回してたらこの言葉がいくつかダンスってたのであれこれって流行ってるのかしらと思い時流に乗るために使ってみたわけです。それで、何が言いたいかというと、もう、自分はそういうの(休日出勤)とは縁を切ったものとして認識していたのですが、この度、大変めでたいことに、実に1年と数カ月ぶりに休日出勤という名のモンスターが襲い掛かってくる事が確定いたしましたやらかしたという事で、要はまあ、不運と踊っちまった結果、明日(日付の上ではもう“今日”です)休日出勤します。つまりわがままジュリエット的に言えば泣き顔でワーク、擦り切れて社員、踊るならレイン、といった調子で出勤っつう按配でありああ面倒だ、やれ面倒だ、それ面倒だ。まあ、別にいいのですけどね。休日出勤なんざ結局大して重要ではなく、最終的にはものの数にも入りません。や、それも続けば問題ですけど、とにかく、僕にだってもっと大事なことは他にあるのです。だから落ち込んだりもするけど、私は元気です。それなりに。という感じです。ところで近頃、涼しくて本当にいい具合だと思うのです。冬に至る前の、寒くなりきる前の、この空気が僕は大好きです。肌寒さに震える時の、季節が変わる実感、本当に、ああ、って、とても優しい気分になれるのです。そういうの、わかってくれますでしょうか。そりゃ、わからなくても、構いませんけれど。

[2003.09.23]

■犬は歩くが日記は進む
 一個下の更新があんまりにひどいNAREAIっぷりなので、もう一回普通の更新をします!

 この間、レンタルわんわんについて書いたのですが(9月4日)、先日、まさしく犬を2匹、小ぶりのトートバッグに押し込んでわざわざ電車で代官山に来ている女性を発見しました! その時僕は会社に行く途中、っていう事で時間は朝だったのですが、朝もはよから電車で犬連れ、代官山に来るなんて何やら因果なものだよなあ、と思って駅の階段をのぼる間、僕は彼女の後ろにいて、彼女の連れている犬と見つめあっていました。お前も大変だなあ、という事を僕が目で訴えると、果たしてその犬は、せやかて、ワシはこれでおまんま食うとんのやで、所詮ワシは金で買われた犬畜生なんじゃ…というような事を目で訴え返してくれた、ようでした。まあ、いずれにせよ真相は闇の中、その女性がどういうつもりで犬を連れているのか、犬は不快感を感じているのか、などはわからない話です。っていうか代官山とか恵比寿は、カフェに入ったらベンチャー若人が自分のビジネスモデルを得意満面に披露していたり、2chに載るのは有名税で、かっこいい、といった事を平気で語っていたりする光景が見られたりする場所なので(実際に見たことがあります…)、やっぱり瘴気の濃い場所ですね。

[2003.09.13]

■素晴らしき日記カラルド
 そういえば、九十九式というサイトで僕が過去ログをアップしたことが話題として出されていて、実はその中で、「自分の日記を読み返したら“相当”楽しかった」と僕が発言したように書かれてしまったのだけど、実際には、“割と”楽しいと言っただけであり、つまりここで、九十九式管理人:混世魔王・宮本による印象操作が行われている事に対して断固こうぎしたいです!

【みんな】ぷんすか( `ω´)ノ<下のメッセログがしょうこだゾ!!【読んでね】
関 の発言:
そういや自分の日記を読み返したら興味深かったなあ
関 の発言:
すげーオタっぽいこと書いてる
宮本 の発言:
オタオタと
宮本 の発言:
慌てヲタめいている
宮本 の発言:
自分の過去ログ読み返すのは割と楽しい
宮本 の発言:
これ、日記好きの基本姿勢ね
関 の発言:
まあ、正直言うと、割と楽しい
関 の発言:
不覚にも今より面白いじゃんとか思う日記もあった
宮本 の発言:
それは正直、多々あるね
宮本 の発言:
過去ログを、恥とか深くとか思っているのは本人ばかりなりってね
関 の発言:
実際問題恥ずかしいものもあるけどネ!

 まあ確かに、相当、というのは「物事の程度や状態が釣り合っているさま」という意味もあって、読みようによっては「相当楽しかった」は「それなりに楽しかった」と読めなくも無く、だから僕が勝手に騒いでいる、GODOKUをしているだけで、宮本氏は僕の元々の発言を忠実に再現したのかもしれませんね…って否、やっぱり読めません! というわけで、僕がGODOKU者じゃない、って証明したい、ので、それでは、ここで九十九式から該当部分を引用しますヨ。

 過去ログを読んで楽しめるかどうか、という問いは、その人が日記をどれだけ好きかを知る試金石になると思う。関さんは最近、自らの旧サイト『ドリフトウッド』時代の過去ログを再掲載していたけど、「読み返してて相当楽しかった」と述懐していた。あの人、本当に日記好きやわぁ。日本一の日記男、関さんには是非とも月ごとの全ファイルにあとがきを付けてほしい。
(↑九十九式9月9日の日誌より一部引用↑)(訂正:8日じゃなくて9日でした)

 っていうか、やっぱり、ええと、これだと、まるで、僕が、自分の日記を、すごく面白いと思っているみたい…じゃないですか!! もし、そんな誤解をされたら僕はどうしていいのやら…。他人様からそんな風に思われるという事はいかにも哀しい事であり、僕のギターもジェントリーにむせび泣くってなもんですよ。っつうか、哀しいという事を伝えたいがばっかりにビートルズを引用したら意味が通じなくなってしまいました。あと僕のギターは普通に埃をかぶっているのでむせび泣きません。それにしても、宮本氏はどうも、僕と彼を日記好き好き度で比較した場合「関>宮本」となる図式を植え付けようとしているかのようなのですが、実際にはどう考えても「宮本>>(決して崩れないジェリコの壁)>>関」になる筈ですよ! ってここまで書いて思ったんですけど、こういうのが馴れ合い日記と糾弾され、日記ゴルゴダの丘にて「汝は馴れ合いの罪を犯したのでマジ死んで」ってな具合に処刑されてしまうような日記なんだなあ、って気付きました。ですから、これから、僕は処刑されてしまうのかもしれませんよ。そうなると、件の日記ゴルゴダの丘にて僕を刺した槍は、日記ヌスの槍、として後世に伝わり、エヴァンなんちゃらとかで使われたりするのでよくない感じです。

[2003.09.13]

■冷静と日記の間
 前にやってたサイトのログをアップしました。上のほうに鎮座ましましている、ログって文言のところに、なんと、ハイパーリンク、とかいう機能が実装されており、そこへマウスを動かしカーソルを移動するとカーソルが指の形になると思われますから、そしたらクリックという動作をしてください。マウスの左側にはカチッと押せる部分がございますので、それを押す事で行けます! ちなみに、2000年7月〜2002年10月のものまであります。久々に読み返したら、自分の文章に微塵の進歩も感じられない風だったのと、色々なもの(会社など)に呪詛を飛ばしまくっていたのでよくない感じです。

[2003.09.08]

■ドアをノックするのは誰だ?
「・・・(前略)ゆえに見よ、わんわんを持参して代官山・恵比寿あたりを闊歩する女性の数は日増しに増え続け、その数は獣の数字“666”に達さんとしている。おお、かの地は彼女たちに占拠され、早晩、万魔殿(パンデモニウム)と化すであろう(後略)・・・」
(僕の脳内に収蔵されている預言書『【働き】社会と僕【たくない】』より抜粋)

 というわけで、犬であるところのわんわんを鞄内部に収納しつつ運ぶ、つまり散歩のお供にわんわんを使役している現代のオシャレ式神使いとも言うべき女性(男性はあまりいないようです)はここ数年で増えたと思うのですが、それで、代官山あたりを歩いているとわかると思うのですが、皆様、見てみると本当にあの式神使いたちは全員犬を飼っているのか?という疑念に駆られませんか? 何故なら全員が全員、判で押したように似たような犬を飼っているのが気になるところですし、そもそも犬を飼っている率が高すぎるというか、代官山をお散歩する女性の中に、似たような犬を飼っている人が大量にいるとは考えにくいというか…。

 さて、唐突ですがここで、わんわん式神を使役してお散歩=近所に住んでいる感を出せる、という図式をうっすらと思い浮かべてみてください。そして、ここからは僕の邪推、妄想、妄言の類なのですが、こちらhttp://www.ctv.co.jp/omezame/catch/2003/0211.htmlのリンクを見てください。ね。これ、つまり、あれらわんわんお散歩レディーズの中には、レンタル犬式神を使役している奴もいるんじゃねえの?っていうお話ですよ。代官山は一応オシャレtownとして名が通っているのでそこに住みたがる人は多いと言いますか、わんわんを連れていれば地元感、代官山に住んでる感が出せると言うか……といった理由によりレンタルわんわんを使っている人がいるのでは?と僕は思ったわけです。

 ただ、この推論は先ほども申しました通り僕の妄想じみた推測に過ぎず、勿論かの地を散策するレディーズにおかれましてはかの地のほど近くに住み、犬を飼い、cityライフを謳歌し狂ってるに違いありませんので的外れもいいところなのですが、もし、仮にもし、レンタルを使ってる方がいるなら日本はやばいというか、レンタルする時の心境が気になるところです。私はただ散歩がしたいだけで、その散歩が犬と一緒だったら素敵よね、別に代官山を犬連れて歩きたいわけじゃなくて、ただ散歩がしたいだけ……なんて、本来の自分の願望を隠して理由付けしていたら、と思うと戦慄なんですが、まあそんな筈は無いと思います。僕には人を見下す事で心の平穏を保つびっくり能力があるので、きっとそれの所為でこんなことを考えてしまうんですネ。

[2003.09.04]